大動脈瘤

大動脈瘤は、様々な原因によって大動脈壁が脆弱化し、大動脈壁が拡張した状態です。

一般に大動脈瘤を形成しても、破裂するまで無症状です。検診などでたまたま発見されることが多く、症状がないことから軽く見られがちですが、ひとたび破裂すると重篤なショック状態に陥り、救命できるのはわずかに10~15%程しかなく、突然死の原因となります。また動脈瘤ができてしまうと、それが自然に縮小することはありません。少しずつ大きくなり、最終的には破裂にいたります。

大動脈瘤の分類

動脈瘤が存在する場所によって、“胸部大動脈瘤”、“胸腹部大動脈瘤”、“腹部大動脈瘤”に分かれます。さらに胸部大動脈瘤は、“基部大動脈瘤”“上行大動脈瘤”、“弓部大動脈瘤”、“遠位弓部大動脈瘤”、“下行大動脈瘤”に分類されます。大動脈瘤の位置によって、治療の方針、難易度、手術侵襲が大きく違います。

動脈瘤の原因

高齢化や生活習慣の変化に伴って、動脈硬化による疾患が増加しています。動脈瘤の原因として動脈硬化性の割合が最も高くなっています。その他、外傷性、炎症性、感染性、先天性などがあります。

動脈瘤壁の形態による分類

・真性瘤:瘤壁が大動脈の構成成分(内膜・中膜・外膜)からなるもの
・仮性瘤:動脈瘤の壁には動脈壁構成成分が無く、周囲の組織などによって被覆されているもの。
・解離性:大動脈壁が中膜レベルで二層に剥離して、本来の大動脈腔(真腔)と壁内に生じた新たな腔(偽腔)を持つもの。

動脈瘤の形

大動脈全周が拡張した、”紡錘状”、局所(偏側性に一部)が拡張してふくろをしているものを”嚢状”といいます。

大動脈瘤手術の目的

致命的な大動脈瘤破裂を防ぐことです。

大動脈瘤の自然予後と手術適応因

大動脈瘤は、瘤径が大きくなれば破裂しやすくなります。胸部大動脈瘤では、瘤径が5cm未満の瘤と比べ、瘤径が5cmを超えると約10倍、6cmを超えると約25倍破裂しやすくなるという報告があります。よって胸部大動脈瘤の手術適応(手術を行う時期)は、瘤径が5.5cmから6cm以上とされています。腹部大動脈瘤でも同様に瘤径が5.5cmを超えると破裂しやすくなると報告されています。腹部大動脈瘤は胸部に比べて手術侵襲は小さく、その成績がよいので、4.5cmから5cm以上に拡大した場合や、急速な拡大を示す症例を手術適応としています。

胸部大動脈瘤の手術

■ 基部大動脈瘤

大動脈弁閉鎖不全症を伴う上行大動脈瘤や大動脈弁輪拡張症がこれにあたります。人工心肺を用い心臓を止めて手術を行います。手術の方法は大きく二つに分けられます。
①自己の大動脈弁を切除して人工弁付きの人工血管を用いる場合と、②自己の大動脈弁を温存する方法です。

①Bentall(ベントール)手術

人工心肺を用い心停止下に、人工血管置換術を行います。この部位動脈瘤が存在する場合、脳を栄養する左右の頸動脈が動脈瘤から分岐、あるいは動脈瘤の近傍から分岐するため、脳保護が必要となります。低体温循環停止、選択的脳灌流あるいは逆行性脳灌流を付加して行います。

人工血管置換術の他にステントグラフト内挿術の対象となる場合もあります。しかし解剖学的にカーブしていること、頸動脈などの重要血管が分岐しており、特殊なステントグラフト(開窓型ステントグラフト)を使用する必要があります。

②自己弁温存大動脈基部置換術

Remodeling(Yacoub法)とReimplantation法(David法)があります。人工弁を用いないため、術後ワーファリンの使用を避けることが出来ることがメリットです。長期の臨床成績はまだよく分かっていませんが、再手術の回避率は5年で90%以上と報告されており、術式として安定した成績が得られると考えられます。

■ 上行大動脈瘤

弓部・遠位弓部大動脈瘤

人工心肺を用い心停止下に、人工血管置換術を行います。この部位動脈瘤が存在する場合、脳を栄養する左右の頸動脈が動脈瘤から分岐、あるいは動脈瘤の近傍から分岐するため、脳保護が必要となります。低体温循環停止、選択的脳灌流あるいは逆行性脳灌流を付加して行います。
人工血管置換術の他にステントグラフト内挿術の対象となる場合もあります。しかし解剖学的にカーブしていること、頸動脈などの重要血管が分岐しており、特殊なステントグラフト(開窓型ステントグラフト)を使用する必要があります。

下行大動脈瘤

左開胸下に、人工心肺を用いて人工血管置換術を行います。動脈瘤が弓部大動脈に近くなければ心臓を止めずに、近ければ心臓を止めて低体温循環停止下に手術を行います。この術式で問題となるのは術後の呼吸不全と脊髄障害(対麻痺)です。対麻痺発生防止のため、重要な脊髄栄養血管を術前に同定すること、肋間動脈の再建、脳脊髄液ドレナージ、術中脊髄虚血のモニタリング(MEP)を行い、最大限の努力を払っています。また下行大動脈は比較的直線的なので、解剖学的にステントグラフト内挿術の良い適応となることがしばしばあります。
最近では、高齢者や呼吸機能の悪い方など、手術リスクが高いと判断された場合に、ステントグラフト内挿術が選択されるケースが多くなっています。

胸腹部大動脈瘤

大動脈瘤が胸部と腹部にまたがるため、左開胸および後腹膜アプローチが必要で、手術侵襲が過大となります。胸腹部大動脈瘤手術時の補助手段は、人工心肺を用い他部分体外循環、左心バイパス法、超低体温循環停止法があり、症例に応じて選択されます。人工血管置換術を行いますが、下行大動脈瘤と同様に対麻痺や術後呼吸不全に注意する必要があります。また腹部臓器を栄養している血管(腹腔動脈、上腸間膜動脈、腎動脈)を灌流し、腹部の臓器を保護する必要があります。

腹部大動脈瘤

大動脈瘤の7割ほどが腹部に存在し、腹部大動脈瘤の9割ほどが腎動脈より末梢に位置しています。腹部を切開し、人工血管置換術を行います。人工心肺を使う必要はありません。動脈瘤が腎動脈に近接する場合には、腎動脈の再検査度が必要になることがあります。

急性大動脈解離の手術

大動脈壁の内膜に亀裂が生じ、中膜レベルで二層に剥離して、本来の大動脈腔(真腔)と壁内に新たな腔(偽腔)が生じたもので、突然の胸痛や背部痛、腹痛が典型的な症状です。

大動脈が解離した範囲によって分類されます。上行大動脈に解離があるものをStanford A型、上行大動脈に解離がないものをStanford B型と称します。Stanford A型の場合はきわめて予後が不良で、発症から1時間あたり1~2%の致死率があるとされています。この原因は、大動脈弁の逆流が急に生じたことによる急性心不全や、冠動脈に解離が及ぶと心筋梗塞を生じたり、心嚢内への出血でタンポナーデとなり急激な循環不全に陥ることなどです。このような致命的な合併症が発生する可能性が高いので、緊急手術の対象となります。

手術の原則は、内膜に亀裂が生じた大動脈を切除し、人工血管に置換することです。内膜亀裂が存在する場所に応じて、上行大動脈置換術、弓部大動脈全置換術が行われます。人工心肺を補助手段として用い、心停止下に低体温循環停止、順行性あるいは逆行性脳灌流を併用して手術を行います。Stanford B型の場合には、基本的に降圧治療を主体とした保存的治療をおこないます。しかし破裂の危険がある場合や、臓器虚血を認めた場合には、急性期でも手術(人工血管置換術、バイパス術や開窓術など)が行われます。急性期を乗り切り慢性期に入ると、偽腔(解離腔)の外壁が拡張し瘤を形成します(解離性大動脈瘤と呼ばれる状態です)。この場合には動脈瘤の場所に応じて“胸部大動脈瘤”として治療されることとなります。