弁膜症

はじめに

心臓は(図1)のように4つの部屋(右上の右房、右下の右心室、左上の左房、左下の左心室)からなり、左右とも上の部屋と下の部屋の間には弁があり(左が僧帽弁で、右が三尖弁と言います)、それらの弁には上の部屋から下の部屋へ一方向に血液が流れるような役割があります。また、左心室からは大動脈が出て血液を全身に送りますが、これらの間にも弁(大動脈弁)があります。一方、右心室からは肺動脈が出て血液を肺に送りますが、同様に弁(肺動脈弁)があります。

(図1)心臓の断面像

 

 

 

 

(図2)に、これらの4つの弁を示します。これらの弁が心臓の収縮及び拡張に伴ってスムーズに開閉することにより全身から帰ってきた静脈血を一旦肺に送って酸素化し、酸素化した血液を全身に送ることが可能となります。

(図2)4つの弁の開閉

 

 

 

 

従いまして、これらの弁が狭くなったり(狭窄症)、逆流(閉鎖不全症)を起こすと、心臓に負荷がかかるだけでなく、全身の循環に悪影響が出ます。その程度にも依りますが、内科的治療が困難な程進行し、心不全症状が出現した場合は、手術が必要になる場合が多くなります。4つの弁の内、手術対象となるのは大動脈弁、僧帽弁、 三尖弁が多いので、当科で施行しています手術手技を紹介します。

大動脈弁

1.大動脈弁狭窄症

(図3)に示しますように大動脈弁が肥厚・変形・硬化する原因として最も多いのが石灰化です。65歳以上の高齢者に多く、或る意味では加齢に伴う変化かも知れませんが、同疾患に対する手術症例の7割以上を占めます。弁の開放面積が0.75cm2以下(正常の約3分の1以下)は高度狭窄と言われ、狭い弁を介して血液を押し出さなければならない心臓に過大な負担がかかり、脳を始め、重要臓器の血流低下を来たします。手術は、狭くなった弁を切り取り、人工弁を縫着します。

(図3)大動脈弁狭窄

 

 

 

 

人工弁には、カーボン類似材質からなる機械弁と、動物の弁を加工した生体弁があります(図4)。両者は1長1短があります。機械弁の場合は、弁に血栓が形成されると開閉しなくなったり、血栓が脳へ飛んだりして命に関わる事態になります。そのためワーファリンという抗凝固剤を終生内服し、血液が固まり難い状態を維持しなければなりません。

(図4)大動脈弁置換術

 

 

 

 

 

 

また、効きすぎると逆に出血し易い状態になり危険です。従いまして、飲み忘れ等が予想される高齢者には向かないと言えます。その代わり、弁としての耐久性は優れています。他方、生体弁ですが、同じ動物の組織ですので、生体に馴染み易く、ワーファリン内服は不整脈が無ければ術後3ヶ月で中止します。

ただし、昔から耐久性に問題があったため、70歳未満では再手術を懸念し敬遠されることがありました。現在では加工技術の改善等で、生体弁はかなりの長期耐久性が期待されます。以前は70歳以上に生体弁、70歳未満は機械弁を使用していましたが、65歳、或いはもっと若い年代の患者さんに対しても生体弁を使用する例が増えてきております。

2.大動脈弁閉鎖不全症

これは3つからなる大動脈弁のかみ合わせが悪く逆流を起す疾患です。単独の大動脈弁閉鎖不全症に対しては、弁置換術っています。人工弁の選択は大動脈弁狭窄症と同様です。

また、心臓から出る大動脈の起始部が瘤状に拡大し、大動脈弁閉鎖不全を伴う場合もあり、大動脈基部再建術が選択されますが、この場合は (図5)のように大動脈弁を人工弁で置換し、大動脈を人工血管で置換する方法と、自己の大動脈弁は残したまま、大動脈の起始部から人工血管で置換する方法があり、弁の形態やワーファリン内服に対する患者さんの考え方等で選択しています。ワーファリンや人工弁を回避したい場合、可能であれば、自己弁温存大動脈基部置換と大動脈弁形成を同時に行なっています。

(図5)大動脈基部再建術

3. 僧帽弁閉鎖不全症

以前は人工弁置換術が施行されてきましたが、ここ20年間の間に、国内外を問わず、自己弁を修復する僧帽弁形成術が主流となり、優れた術後長期成績も周知の事実となりました。不整脈が無ければ手術後3ヶ月でワーファリン内服を中止できる長所があります。弁を支えるパラシュートのひものような腱索が伸びたり、切れたりして、結果的に弁がめくり返り(逸脱と言います)閉鎖不全を生じることが多いです。逆流を起す部位、病変によって手術方法が異なり、高度な術前、術中判断と手技が要求されます。

僧帽弁は前尖と後尖よりなりますが、形成の方法も様々ですが、当科では、(図6)のような前尖の逸脱の場合は、伸びたり切れたりした腱索の代わりに、人工腱索を縫い付けてめくり返った弁の部分を戻す方法を行っています。(図7)のような後尖の逸脱の場合は、逸脱した部分を3角形に切除して、残った両方の端を縫い合わせる方法を選択する場合が多いです。

(図6)前尖逸脱に対する人工腱索

(図6)前尖逸脱に対する人工腱索

(図7)後尖切除

(図6)前尖逸脱に対する人工腱索
(図7)後尖切除

また、前尖、後尖の逸脱を問わず、一旦僧帽弁閉鎖不全が発症すると、殆どの症例で、弁の周囲が拡大し変形しますので、これを生理的なサイズと形態に近つける為に、リングを弁の周囲に縫着します(図8参照  )。

(図8)リング縫着

 

 

 

 

当科では形成術後殆どの患者さんが、ワーファリン内服による日常生活上の制約もなくお元気に毎日を送られています。  当院では心臓血管内科、検査科のエコーグループによる術前、術中のエコー評価が非常に詳細に行われますので、術前の弁形成プラン、術中の遺残逆流の有無の評価が正確に行われ、良好な結果を生む大きな要素となっています。

4. 僧帽弁狭窄症

これは、(図9)のように僧帽弁の前尖・後尖が固く癒合する結果、開閉が制限され、弁口面積が小さくなる病気です。原因は幼少時期のリウマチ熱が多いとされ、近年その頻度はかなり減少しました。進行すると治療が必要ですが、まず低侵襲な内科的カテーテル治療(弁越しに特殊な風船を通し膨らませて広げる)が選択されますが、それが不適な場合は手術となります。手術は人工弁を使用した弁置換術を行います。

(図9)僧帽弁狭窄症(右へ行くほど高度)

5. 三尖弁閉鎖不全症

これは、三尖弁が逆流を起こす病気で、外傷で腱索が切れたりして単独で発症することもありますが、殆どの場合は、僧帽弁疾患による右心室、右房の負荷の増加及び拡大により2次性に発症します。形態的に弁の周囲が拡大される結果、3つの弁が合いにくくなり、 逆流を生じる訳です。

僧帽弁疾患による2次性の変化ですので、僧帽弁疾患を手術で治せば、自然に改善するだろうと考えられて来ましたが、多くの症例で不変または増悪することが判明しました。僧帽弁と同様にリングを弁周囲に縫着させて、より生理的形態を維持出来るようにしています。

※MICS手術(低侵襲心臓外科手術)

一般的な心臓手術は胸骨縦切開で行われますが、患者さんの希望があり、適応があれば僧帽弁、大動脈弁に対する胸骨を切開しない小切開手術を行なっております。いずれも約7cm以下の創で行い、非常に離床が早く創感染もなく、術後の経過は良好です。ただし、MICSを結論ありきで行なってはいません。動脈硬化が強い場合や高度肥満など、手術時間や手術の危険性が増加しうる症例では行なっておりません。また小切開ですることにより僧帽弁形成の質が落ちそうな場合も行なっておりません。小切開で安全・確実にできる症例、あるいはMICSがより良い結果を生むと判断された症例では、こちらから提案させていただいています。今までのところMICS手術を行なった症例の結果は良好です。

成人の二次孔心房中隔欠損は、手術そのものが容易なことが多く、可能な限り小切開で行なっています。